原子力推進のわけ

 文化、産業、生活のすべてにエネルギーが必要なことは近代国家がより強力な動力を取得することで飛躍的に発展していることが物語っている。
 近代化以前でも豊かな文化はあったがその発展は遅々たるものだった。
 検証、計算をはしょって乱暴な推論だけをいえば、文化、文明、産業は使ったエネルギー総量で成果が決まるということだ。
 近代化以前はちょっとしか使えなかったため、時間をかけた。
 近代化以後は使えるエネルギーが文明の発展によって増大、さらに文明が進歩して・・・とどんどん増えたがゆえに短期間に驚くほどの発展を遂げ、いまでも発展を続けている。

 しかし、我々の手にするエネルギーはこれまですべて地球にふりそそいだ太陽のエネルギーだった。化石燃料薪炭もすべて太陽の光のもとで光合成されたものが基礎となっている。
 我々の使う量と、地球で固定される太陽エネルギーがつりあってるなら枯渇の心配はないだろう。形を変えてでも代替のエネルギーは手にはいるはずである。
 だが、地球温暖化が懸念されるように、蓄積量は使用量をはるかに下回っている。地球が受けるすべてのエネルギーを人類が奪えばあるいはまだつりあうかもしれないが、それは無理というものだ。化石燃料は地質学的な年数の蓄積であり、これの枯渇が心配されるほど、人類は多くのエネルギーを必要としている。
 このエネルギー問題こそ国家の、人類の未来を決める重大な課題であろう。

 さて、我々にはいくつか選択肢がある。
 1:使うエネルギー量を削減し、太陽から固定、取得できる範囲に抑える。
   近代化以前の人口を考えてみよう。今では技術もあるからもう少し維持できる。それでもはるかにその数は少ない。
   が、この選択はそれでも地球の人口の多くに死を求めるものとなろう。緩和以外の目的で、この選択はできない。

 2:太陽エネルギーをより多く取得する。
   地球上で取得できる総量には限度がある。それでなくとも実にほんのわずかな一部しか地球は受け取っていないのだ。
   このためにはより太陽に近い軌道にエネルギー収集設備を周回させ、そこから地球にエネルギーを運ぶ必要がある。
   人口惑星の開発、エネルギーの輸送方法の開発が必要である。理想的だが、今日明日に実現するのはむずかしい。
   また、その開発のためにやはりエネルギーが必要だ。

 3:位置エネルギーを用いる
   太陽に依存しないエネルギーとしては重力によるエネルギーとなる。宇宙から水を落として、というのも無理なのでこれは地球の地殻運動、地震のエネルギーを取り出すことになるだろう。これもまた方式、運搬方法の研究開発が必要だ。しかも地殻のその深度は宇宙より人間に到達の難しい世界である。これも2と同様の問題がある。

 4:原子核変成のエネルギーを用いる
   太陽エネルギーは分子的にエネルギーの高い状態を作る形で蓄積され、これを燃焼という形、あるいは燃料電池とい う形で抽出する。おそらく2や3もエネルギーの固定は分子的なものになるだろう。
   しかし、不安定でエネルギーを秘めた核物質はまだ地球に残っている。さすがに自然に臨界に達した天然原子炉の時代ほどではないが。
   これは質量エネルギー変換であり、リスクは高いが非常に大きな力をもっている。そして、戦争の産物とはいえ、実現されている方式である。

 多くの人はきっとそういっているであろう。2や3あるいはもっと違う方式を手にするまで、人類には十分なエネルギー
源が必要だ。原子力はリスクは高いが、そこまでつなぐのに十分なものである。
 過渡期と心得て一日もはやく代替エネルギーを開発するためにも原子力は推進すべきである。
 また、文明の炎を絶やさないためにも、中継ぎとして原子力は必要だ。
 闇よ落ちるなかれ